線香の灰と燃え残りの関係:火災予防のためにお仏壇の前で知っておきたいこと

はじめに、火を支えるたいせつな灰
私たちはよく仏前にお線香を供えます。
そのお線香を立てる香炉の灰には、見た目には分かりにくい「違い」があります。
お線香が最後まできれいに燃えることもあれば、香炉の灰にさした部分が燃え残ることもあり、これには灰の性質による違いが大きく関係しています。
そしてこの違いが、火のつき方やお線香の燃え残り、さらには火災のリスクにまで影響することをご存じでしょうか?
火が燃える3要素

火が燃えるには、次の3つの要素がそろっている必要があります。
1.可燃物(この場合お線香そのもの)
2.酸素(空気中や灰に含まれる)
3.点火源(熱)(すでに燃えている部分など、何かしらの熱)
これらのうち1つでも欠けると、火は燃え続けることができません。
香炉の中の灰が酸素を多く含んでいれば、灰に埋まった部分まで火が届きやすくなります。
逆に密度が高く空気を通しにくい灰では、線香が酸素不足になり、燃え残る原因となるのです。
市販の灰はいろいろなタイプがあり、みな同じではありません。※1
次に灰の種類を見てみましょう。
灰の種類と違い
市販されているお線香を立てるための素材は、何と言ってもまず植物を燃やしてできた「灰」です。
どれも蓄熱と同時に断熱もでき、適度に空気もふくむので、火と相性のよい素材です。
ただ、この植物を燃やした灰にも実はいろいろな種類があります。
もっとも軽く空気をよく含み、燃焼効果が高いのは藁(わら)を燃やしてできた「わら灰」です。

ブログ管理人は、正月飾りのワラの残りを囲炉裏で燃やしましたが、この時ワラの灰はふわふわと、上昇気流に乗って天井まで舞い上がりました。
そのまま空中をただよい、忘れた頃に下りて来てはまた気流で舞い上がるのをくりかえしていました。
この軽さこそが空気をたっぷり含むことができる証であり、お線香のような小さな火も、消さずに守れるのです。
ワラに準じた籾灰(もみはい)も同様です。
一方、木材(薪)を燃やしてできた灰、たとえば囲炉裏そのものに使われる灰は、わら灰に比べてやや重めです。

この木灰は、わら灰ほどではありませんが、十分に空気を含んでおり、火はすぐには消えません。
火種にかぶせたりのけたりして火力を調整しやすく、日常の火の扱いに適しています。また、灰が舞い上がりにくいため、囲炉裏で大量に使うのにも適していると言えます。
ところで、木の種類によっても灰の性質は異なります。
たとえば広葉樹のようにじっくり燃える木は重い灰を生み、杉のように軽く燃えやすい木は、灰も軽くなります。
もちろん燃したときの香り、煤(すす)や成分の出かたも異なります。
燃せば香り高い木もあれば、よく燃えるけど煤が出る木、毒性があって薪には適さない木もあります。
ですから例えば茶道や聞香などの場面では、燃焼の特性や見た目の美しさ、香りなどを重視して、選ばれた特定の植物素材から作られた灰を使うこともあります。

灰はどれも同じように思えますが、実はかなり差があるのです。
下から火が付く可能性
「お線香が火元となった火災」というニュースを耳にすることがあります。
…こわいですよね。
どうして小さな火が、火事にまでなってしまったのでしょうか。
その多くは、お線香がそばのお供え物に引火したり、倒れて近くの可燃物に引火したと考えられます。
しかし、お線香が「なぜ倒れたのか」気になりませんか?
風?それともさし方が浅かった?
実は、ごく稀ですが香炉の灰の中に残った火種が、新しくさしたお線香の下部に燃え移ることで、通常とは逆の「下からの燃焼」が始まることがあります。
こうなると、仮にミリ単位でも下から支えを失ったお線香は、もともとふわふわの灰に立てられていることもあり、バランスを崩して倒れやすくなるのです。

わら灰のように、すぐれた燃焼効果を発揮できる灰は、表面にみえない部分で小さな火種を保っている可能性があります。
灰の中で小さく燃え続けているかわいい火が、新たな可燃物(お線香)を得たときに、その足元をすくってしまうことがあるというわけです。
香炉で使う、灰以外の素材
現代では、植物から生まれる灰以外の素材も、よく香炉の中に入れて使われます。
たとえば鉱石を粉砕したものや、クリスタル、ガラスのビーズなどです。
これらは密度が高く、お線香をしっかり立てるのに適している上に、洗えば何度でも使えるコストパフォーマンスの良さもあります。

天然石、ガラスのビーズは透明で様々な色があり、とても美しい素材です。近年はお仏壇の様式も様々あるので、お線香の燃え方だけでなく、お仏壇に合わせた見た目も選べるのはうれしい特徴です。
使い分け
天然のわら灰は、火を穏やかに保ちながらお線香を最後まで燃やしやすい優れた素材です。浄土真宗のように寝かせて供える形式でも、火が消えにくく安心です。
でも灰の中に火種を残していたり、軽く柔らかいため、お線香を垂直に立てにくいということもあります。
しっかり立てるには随分深く挿さなければならなかったり、浅くうまく立てようとすると倒れたりするのです。

そのため、「しっかり立たせたい」場合や、「多くの人が次々と供える場面」では、密度が高く安定性があるビーズ灰や鉱石灰が適しているかもしれません。
整然と立てやすく、また倒れにくいだけでなく、火種が灰に残りにくいというメリットもあります。
でも密度が高いという事は、酸素をあまり含まないということなので、さしたお線香は最後まで燃焼せずに燃え残ります。
中にお線香の燃え残りがたまると、次のお線香を立てづらくなりますし、湿気を呼んでしまうので、燃えカスを頻繁に取り除く必要はでてきます。
どの灰がベスト?
結論を言えば、灰にこれがベストというものはありません。
お線香をなるべく最後まで燃やしたいか?
燃え残ってもいいからしっかりと立てたいか?
あるいはモダンな仏壇にあわせてきれいなビーズを用いたいかなど、状況に応じて使い分けをするのが良いでしょう。
以下にメリットとデメリットをまとめましたので、ご参考になさってください。
灰の種類 | 燃焼効率 | 見た目の自由さ | 安定性 | 繰り返し使用 |
---|---|---|---|---|
ワラ灰 | ◎ | △ | △ | △ |
木灰 | ○ | △ | ○ | ○ |
鉱石系の灰 | △ | ○ | ◎ | ◎ |
ガラスビーズ灰 | △ | ◎ | ◎ | ◎ |
どの灰を選ぶとしても、目を離さない、可燃物から遠ざける、掃除の仕方にも気を配るなど、あつかい方にはじゅうぶんな注意をはらうようにします。
まとめ:火と共にあるために
近年はアウトドアやキャンプで、火おこしを楽しむ人が増えました。
週末キャンプを楽しむ人は、そうでない人よりも火の扱いに長けているように見えます。実際に「自分は慣れている」と思うかもしれません。
ですが、火と人との関係はどこまでも交わらない平行線、誰かが誰かよりうまいという考えはとても危険です。
火は、油断や過信を一瞬で裏切るもので、人が火の本性を見た時、それはもう、ほとんどの場合「手遅れ」なのです。

火は常に私たちのそばにいながら、決して完全には手なずけられないもの。
お線香の火は静かで穏やかに見えますが、それでも「火」であることに変わりはありません。
小さな火種が灰の中で新たな燃焼を引き起こす。
一本のお線香が倒れる。
そんな些細なきっかけから、家や暮らし、思い出、命、果ては地域の共同体そのもの、ーまさに何もかもーを根こそぎ奪い去る力があることを忘れてはいけません。

灰を知ることは、火に対しての対処を知る一手。
そして何より、私たちは火に「なれ合わない」ことを心に刻み、お仏壇の前で祈る時も、火とともにある時間は一瞬たりとも目を離さずにいたいものです。
補足
※1 この記事では、天然石やガラスなど灰ではないものも、香炉で灰代わりに使用するものは、便宜上「灰」と呼びます。
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